「過垌王」遺跡
由来:本ステーション  発表期日:2017/08/10

桜桃溝観光地域管理委員会の上李河社区にある過垌王自然村北部の東より約1000メートルのところにある。2009年6月に、鄭州市政府により鄭州市における二番目の文物保護機構だとされた。

この遺跡は、東は賈魯河東源の上流側に接し、南・西・北は沖溝に面し、西南にある唯一の出口は孤島形の高地に成り立っている。西東の長さは450メートルで、南北の幅がは350メートルで、面積は15.75平方メートルである。中部がやや高く、周辺が少し低い地勢になっている。遺跡エリアは現在果実園になっている。遺跡の中部にある切岸の断面から文化層が見つかり、その厚さは1.50~1.80メートルである。地表採取には陶片等の遺物が見つかった。20世紀70年代には大量の灰土や焼土、陶片、獣骨等の遺物が発見された。地表採集で取っていた陶片では、陶質には泥質の陶と沙雑りの陶がある;色の方から見ると灰陶、褐陶と赤陶等がある;模様には、縄紋や籃紋、格子紋、追加積紋、生地等がある;認識できる器には陶の缶、壺、皿、鼎等の遺物がある。この遺跡の文化的な意味合いが豊かで、文化の積み重ねが多いため、新石器時代の中後半期に仰韶文化と龍山文化の遺存であり、歴史と考古の価値が重要である。


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